空気遠近法とは、
ルネサンス期の画家
レオナルド・ダ・ヴィンチの
絵画論(Trattato della Pittura)
の中でまとめた遠近表現の
技法です。
大気による光の散乱を基礎とした
科学的に説明できる
現象に基づく技法で、
遠くの物体ほど
「青く」「淡く」「ぼやけて」
このように見える視覚の仕組みを、
そのまま絵画に応用しています。
この考えは、ダ・ヴィンチの
一次資料である
Codex Vaticanus Urbinas 127
に記録されており、
現代の光学理論で説明される
レイリー散乱とも一致します。
そこで本記事では、
こうした科学的背景と
美術史上の根拠を踏まえながら、
空気遠近法の基本原理から
実践的な描き方までを、
初心者の方でも理解しやすい形で
丁寧に解説していきます。
空気遠近法の理解を深める事で、
風景画や建築写生など、
空間や距離感を表す絵画を描く上で
役立つスキルとなるので、
是非とも押さえておきましょう!
目次
空気遠近法とは?|大気と光の性質から生まれる“距離の見え方”

ダ・ヴィンチは実際の自然観察の中で、
遠くの山々や建造物が
青白く霞んで見える事に
着目しました。
その理由を
距離が増えるほど空気が
光を散乱させるため
と記し、絵画に取り入れました。
これは現代の光学理論とも一致しており、
現実の風景を見た際に、
人間の目は意識せずとも
「近く」と「遠く」を判断します。
その判断材料こそが、
空気遠近法の基礎となる
視覚現象
という事ですね!
特に絵画やイラストでは、
この自然現象を意図的に再現する事で、
画面に深い奥行きと空間の広がりを
生み出す事が出来るようになります。
空気遠近法の理解は、
主に風景画だけでなく
- 人物画
- 静物画
- イラスト
- デジタルアート
にも応用でき、
表現の幅が大きく広がります。
初心者の方が
「空間が平面的に見える」
「奥行きが出ない」
と悩む場合、この技法を学ぶ事で
劇的に改善される事が多いです。
空気遠近法の科学的根拠|青く見える理由を理解すると迷わない

空気遠近法を正しく使うには、
その根拠となる光学の仕組みを
理解する事が大切です。
これは絵画技法としてだけでなく、
科学的にも説明できる現象である為、
勘に頼らず誰でも安定した
表現が可能になります。
光が空気中を通過することで起こる「レイリー散乱」
空気遠近法の最も重要な
根拠となるのが、
レイリー散乱
と呼ばれる光学現象です。
この現象は、
日本物理学会やCIE(国際照明委員会)
でも解説されており、
光の波長と散乱の関係性に基づく
公式な理論でもあります。
空気中の分子は短い波長の光、
つまり青色の光を散乱しやすい
といった性質があります。
これによって、
遠くの物体を見る際に
空気によって青い光が
手前に広がって見える為、
遠景が青みを帯びて
見えるようになります。
このため、遠くの山々は
緑色の木々に覆われていても
青い色味が強くなり、
徐々に霧のように白っぽく
感じられるように見えるのです。
大気中の水蒸気と微粒子が光を弱め“明暗差”が減る
空気の層が厚くなるほど、
光が散乱しやすくなります。
すると、遠くの物体の
暗い部分が明るく見え、
明るい部分はやや暗く
見えるようになります。
つまりこれは、
明暗差(コントラスト)が
弱くなるという事でもあります。
この原理は、
ダ・ヴィンチの『絵画論』でも
繰り返し説明されており、
遠くのものは影が淡く、
明暗の境目が不明瞭であると
記されています。
実際の自然風景を観察すると、
遠景では暗部がほとんど
黒く見えない事に気づかされます。
距離が離れるほど輪郭が曖昧になり“線が見えなくなる”
空気遠近法の三つ目の根拠は、
距離によって輪郭が自然に
ぼけて見える現象
です。
これは、空気中で色が混ざり合う事で
エッジのコントラストが弱くなり、
視覚的に輪郭が曖昧になる為です。
近くの物体は線が
はっきりしているのに対し、
遠くの建物や木々の輪郭は
境界がゆるやかに
溶け込むように見えます。
この現象をそのまま
絵に落とし込む事で、
非常に自然で説得力のある
遠景表現が可能となります。
空気遠近法の3つの主要効果|奥行きが自然に生まれる理由

空気遠近法の効果は
大きく3つに
整理する事が出来ますが、
これらは互いに関連している
ものでもあります。
ここでは、それぞれを初心者にも
直感的に理解できる形で
詳しく解説していきます。
色が青くなり、そして薄くなる
遠景が青く見える現象は、
先ほど触れたレイリー散乱が
原因です。
これは自然界ではほとんど例外なく
距離が離れるほど青い色味が
強くなります。
特に、絵画でも次のように
再現できます。
- 遠景には青や青紫、
灰色を多めに使う - 彩度を落として濁りを加える
- 明度を上げて明るくしておく
空を塗る際は
単純に青を塗るのではなく、
空気を挟んだ状態を意識して
描く事が大切です。
遠景に向かって淡くなる様を
彩度を落としたり、
淡い青、紫、灰色系を
多めに使う事で
距離感をグッと表現する事が
出来るようにもなります。
色を淡くして彩度を落とす
まずはこのようなイメージで
描いていくのが良いですね。
コントラストが弱くなる(明暗差がほぼ消える)
遠くの景色の影が薄くなる理由は、
空気が光を散乱させる為です。
この為、コントラストが弱くなると
遠景は柔らかくなり、
近景のモチーフよりも
平面的に見えるようになります。
これは決して悪いことではなく、
むしろ立体感を生む上で
不可欠な要素となります。
特に絵画では次のような
調整をしていきます。
- 遠景の影を濃くしすぎない
- 中景→近景へいくほど
影を強くしていく - 遠景は陰影を描き込まない
勇気が必要
初心者の多くは遠くの山に
影を濃く描きすぎてしまい、
平面感が失われます。
なんでもかんでも
描こうとするのではなくて、
あえて戦略的に手を抜く
という意識が必要になってきます。
このミスを避けるだけでも、
絵の奥行きは劇的に
改善していくので、
是非とも意識しておいてください。
輪郭がぼやけて見える
距離が離れるにつれ、
色の境界が空気によって混ざり、
次第に輪郭線が消えていきます。
遠景の建物の屋根や
山の稜線が滑らかに見えるのは
このような原因だからです。
これを絵で再現するには、
- 遠景は線で描かず、
面で柔らかく処理する - 近景ほど輪郭を強く、
はっきり描く - ペン画では線密度や太さの
調整が鍵になる
といったテクニックです。
これはどの画材でも言えますが、
輪郭の強弱をコントロールする事で
自然な空気遠近法が
表現出来るようになります。
空気遠近法の描き方|初心者でも成果が出る実践ステップ

空気遠近法という概念は、
理論を理解すれば
決して難しいものでは
ありません。
こちらで紹介する
以下のステップを踏む事で、
初心者でも確実に
奥行きのある画面を作る事が
出来るようになります。
なのでまずは一つずつ
押さえておくようにして下さい。
STEP1|最初に遠景を描いて画面の「空気」を決める
風景を描く際は、
まずは遠景の色を
載せていく事から
始めるのが鉄則です。
その理由として、
遠景は画面全体の
空気感を決める部分
でもあるからです。
加えて、絵を描く際は
最初に遠景から始める事で、
近景の色や明暗を正しく
調整しやすくなるという点です。
特に水彩やアクリルの場合、
遠景を薄い色で先に敷く事で、
空気の層を表現しやすくなります。
奥の遠景から徐々に中景、近景と
描き込みを増やしていく事で、
遠近感のある表現が
出来るようになります。
STEP2|遠景の色を“明るく・淡く・青く”調整する
遠景は彩度を下げつつ明度を上げ、
青みを軽く混ぜる事が基本です。
- 彩度:大幅に低め
- 明度:やや高め
- 色相:青・グレーに寄せる
この処理をする事で、
近景との差が自然に生まれ、
画面の奥行きが一気に深まります。
彩度、明度、色相に関しては
以下の記事を参考にして下さい。
STEP3|中景で「遠景と近景の橋渡し」をする
中景は遠景と近景を
繋ぐエリアであり、
絵の安定感を出す為にも
必要不可欠な箇所となります。
中景の特徴は
- 近景ほどではないが
ある程度の立体感 - 遠景よりは彩度も
コントラストも強め - 輪郭も弱すぎず強すぎず
といったイメージですね。
中景の扱いが適切だと、
遠景から近景まで
自然な流れが生まれます。
STEP4|近景は「鮮やかさ」「コントラスト」「輪郭」の3つを強くする
近景は最も手前にある為、
鮮やかでコントラストが高く、
輪郭もはっきりしています。
その為、
- 彩度:高め
- 明暗差:強め
- 輪郭:明確
といった特徴となります。
この処理を行う事によって
視線が自然に手前へ引き寄せられ、
奥行きを強調できるようになります。
空気遠近法の画材別応用|アクリル・水彩・ペン画・デジタル

画材によっては、
空気遠近法の表現しやすい部分が
異なってきます。
ここでは、それぞれの画材での
最適な表現方法を
紹介していきますね。
アクリル絵具での空気遠近法
アクリルは速乾性が高く、
重ね塗りしやすい
といった特徴がある為、
空気遠近法との相性が
とても良い画材です。
- 遠景:薄いグレーズで青みを重ねる
- 中景:不透明色で適度なコントラスト
- 近景:厚塗りや筆跡を活かす事
で迫力を出す
アクリル特有の透明グレーズは、
空気の層を表現するのに最適です。
【グレーズ技法とは?】
透明度の高いアクリル絵の具を
薄い層で何度も重ねる事で、
色に深み・奥行き・光沢を
生み出す技法です。
絵画技法としては
油彩のグレーズが古典的基準で、
アクリルの場合も同じ
概念で利用されます。
水彩での空気遠近法
水彩は空気遠近法の演出が
とりわけ自然に再現しやすい画材
でもあります。
その理由として、
にじみや透明感が
大気の薄さや湿度を
感じさせる事がしやすいからです。
特に透明水彩絵の具は
淡い表現との相性が良いので、
遠景の空気感を
演出するのにも適していますね。
- 遠景:水分を多めに、
淡く色を載せる - 中景:水量を減らして
適度な濃さを作る - 近景:筆圧を強め、
輪郭を立てる
このような意識をしながら、
水の量を変えつつ
距離感を作っていくと
表現しやすくなります。
ペン画での空気遠近法
特に遠景の箇所は
絵の具での表現の方が
適してはいますが、
ペン画でも空気遠近法は
十分に可能な表現です。
特にペン画の際は、
線の密度や強弱、
タッチの違いなどを使って
距離を表現します。
- 遠景:線を最小限に、
点描でトーン表現 - 中景:細かいハッチングで
陰影を作る - 近景:太線・濃い密度の
ハッチングで力強さを出す
線画だからこそ、
描き込みの量によって
距離感の差がはっきり出るので、
しっかりとした表現になる
といったイメージですね。
デジタルイラストでの空気遠近法
デジタルは空気遠近法を
細かくコントロールできる
といった点が大きな利点です。
- ぼかし(ガウス)で輪郭を弱く
- 彩度を−20〜−60に調整
- 明度を+10〜+40調整
- レイヤーで遠景の空気感を上から加える
自然な空気感を作るコツとしては
明度・彩度・コントラストを
同時に落とす事です。
空気遠近法と線遠近法を組み合わせると“最強の奥行き”が生まれる

空気遠近法は色・明暗・輪郭による
距離表現となりますが、
これに対して線遠近法(透視図法)は
幾何学的に空間を表現します。
この2つを組み合わせる事で、
絵画は圧倒的に説得力のある
空間を持つようになります。
透視図法に関しては
こちらのページで詳しく
解説しているので
あわせてご覧ください。
線遠近法で構造的な奥行きを
ベースとして作り、
空気遠近法で雰囲気の
奥行きを補う事で、
視覚的にも心理的にも
自然な空間が成立します。
ダ・ヴィンチやモネをはじめ、
多くの名画がこの二つの技法を
同時に使用しています。
これは現代においても
遠近法の基礎となる考えなので、
是非とも意識した
絵作りをしていきましょう!
空気遠近法に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 空気遠近法とは何ですか?
A1. 空気遠近法とは、
距離が離れる程、空気の層を
多く通過する影響で、
遠くの物体が
- 青く
- 淡く
- ぼやけて
見える現象を絵画表現に応用した
技法の事を指します。
大気による光の散乱を前提にして
奥行きを表現する為、
科学的根拠に基づいた
遠近表現として利用できます。
Q2. なぜ遠くの山や建物は
青くかすんで見えるのですか?
A2. 空気中の分子や微粒子は、
波長の短い青い光を
特に散乱しやすい性質があります。
この為、距離が離れる程、
観察者と対象物の間にある
空気が青い光を多く散乱し、
山や建物が青みを帯びて
淡く見えるのです。
同時にコントラストも弱くなり、
全体がかすんだ印象になります。
Q3. 初心者が空気遠近法を練習する時の
基本ステップはありますか?
A3. はい、あります。
まず奥から手前の順番で
描く事が重要です。
最初に遠景を
- 明るく
- 彩度低め
- やや青寄り
に設定し、
中景で少しコントラストと彩度を戻し、
最後に近景を最も鮮やかで
輪郭をはっきり描きます。
この順番を守る事で、
自然な奥行きが
生まれやすくなります。
Q4. デジタルイラストで空気遠近法を
自然に見せるコツは何ですか?
A4. デジタルでは、
遠景レイヤーに対して
- 彩度を下げる
- 明度を上げる
- コントラストを弱める
- わずかにぼかす
という処理を組み合わせる事が
効果的です。
青色だけを強くすると
不自然になりやすい為、
必ず彩度と明度、輪郭の
シャープさも同時に調整すると、
現実に近い空気感が再現できます。
Q5. 空気遠近法と
線遠近法(透視図法)の違いは
何ですか?
A5. 線遠近法(透視図法)は、
消失点やパースラインを用いて
建物や空間の形や位置関係を
幾何学的に整理する技法です。
一方で空気遠近法は、
大気と光の性質に基づき、
色・明暗・輪郭の変化で
距離感を表現する技法です。
両方を併用すると、
構造的にも雰囲気的にも
奥行きのある画面を作る事が出来ます。
まとめ|空気遠近法とは“自然の仕組みをそのまま描く技法”
空気遠近法とは、
大気による光の散乱という
科学的根拠に基づき、
遠くほど、青く・淡く・ぼんやり見える
という現象を絵画で再現する技法です。
最後にまとめると、
- 遠景:青く、明るく、
彩度が低く、輪郭は曖昧 - 中景:遠景よりコントラストが強く、
彩度もやや高い - 近景:はっきり、鮮やか、濃い陰影
このような現象を元に
絵に落とし込んでいくという
概念もしくは技法となります。
こうした自然の視覚現象を
理解していく事で、
誰でも奥行きのある
画面を作る事が
出来るようになります。
今回の内容を元に、
是非ともご自身の制作にも
取り入れていって下さいね!
※筆者:小笠原英輝
※本記事では、
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画論
(Codex Vaticanus Urbinas 127)
に記された空気遠近法の記述と、
光学の基礎であるレイリー散乱、
色彩学(JIS Z 8721)などの
公的資料を根拠に構成しています。
内容整理には、大学卒業後
画家として制作経験を持つ
筆者の専門知識を基に、
初心者でも理解しやすい形へ
編集しています。
美術館公式解説や
教育機関の資料を参考にし、
事実に基づく情報のみを
使用しています。
技法の押しつけではなく、
実践に役立つ基本知識を
分かりやすく紹介する目的で
執筆しています。

















コメントを残す